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2024年9月5日
雨と手紙、それから
消印のない封筒が届いた日から、すべてが変わり始めた。短編小説「雨と手紙、それから」——届かなかった言葉と、届きすぎた沈黙についての物語。
雨の音が、記憶に似ている。
誰かに言ったことがある気がするけれど、誰だったか思い出せない。あるいは誰にも言っていなくて、ずっと頭の中だけにあった言葉かもしれない。
消印のない封筒が届いたのは、十一月の最後の週のことだった。
郵便受けを開けたとき、他の郵便物とは少し違う重さがあった。白い封筒。宛名は私の名前。でも差出人の欄は空白で、消印もなかった。
誰かが直接入れたのだと気づくのに、しばらくかかった。
中には便箋が一枚。
「まだ、そこにいますか」
それだけだった。
筆跡には見覚えがあった。でも名前がなかったから、確かめようがなかった。確かめたくなかったのかもしれない。
三年前、私はある人に手紙を書いた。
送らなかった。何度も書いて、何度も破った。最終的に出来上がった文章を封筒に入れて、机の引き出しの奥に仕舞った。
「もう会えなくなる前に、一度だけ言いたいことがある」
書き出しはそうだったと思う。続きは覚えていない。その引き出しは、今は鍵がかかっている。
その夜、雨が降った。
窓の外を眺めながら、私は返事を書こうとした。何度も書いて、何度も丸めた。
最終的に、白紙の便箋を封筒に入れて、郵便受けに入れた。
翌朝、それはなくなっていた。
雨の音が、記憶に似ているのは、どちらも「止んだ後でしか、降っていたことに気づかない」からだと思う。
あの人の名前を、私はもう声に出して呼べない。
でも雨が降るたびに、思い出す。
消印のない、白い封筒のことを。