こんにちは。ゴールデンウィーク最終日はあいにくの雨でした。 ――そこで、積んでいた本をじっくり読むことにしました。大学の授業で紹介された 加護野忠男 先生の著書はやはり刺激的で、心に残った点を共有したいと思います。

もちろん、すべてに共感できたわけではありません。 たとえば「トイレ掃除は素手で行うべきだ」といった提言には賛成できませんでした。それでも多くのページに、経営を学ぶ学生として深く刺さる示唆がちりばめられていました。

本書は、加護野先生が 脳出血で左半身不随 となった後、病室で思索を重ねた成果でもあります。逆境のなかで練り上げられた経営観だからこそ、言葉に重みがありました。

  1. なぜ経営を学ぶのか

本書の1ページ目には、そもそも経営とは何か が一行ずつ端的に、 とても分かりやすく示されています。

企業は、資本と労働による、協働の一形態である。

経営は、この協働がうまくいくようにする活動である。

経営学は、労働の意欲を高める方法について答えを与える学問である。

企業とは、資本と労働が手を組み価値を生み出す“協働体”。 要するに経営学とは、協働体のやる気をどうにかして引き出す学問だと解釈できるのではと思いました。

  1. 経営学のはじまりーテイラーの科学的管理法ー

20世紀初頭にフレデリック・テイラーが提唱した「科学的管理法」は、 工場の生産性を高めるために次の3点を重視しました。

作業環境の改善

分業の徹底

成果連動の報酬制度

しかし、人間の感情や集団心理への配慮が不足し、特に3の成果連動の報酬制度が形骸化しました。メイヨーらによるホーソン実験が示したのは、人間らしい関係性 が生産性を左右するという事実でした。 要するに、モノづくりは “心づくり” を伴わなければ伸びない ということです。

3.短期的な利益は“結果”であって“目的”ではない

加護野先生は次のように問いかけています。

利益を最終目的に据えると、短期的判断に傾きやすい

しかし、そこに重点をおくと長期的に大切なもの―人の成長・技術の深化・社会との信頼―を失う危険がある

例えばバランスド・スコアカード のように、利益以外の指標(顧客満足、業務プロセス、学習と成長など)を並立させる視点が不可欠だと説明しています。

4.経営のバランスを保つには ー三つの精神 ―

以前の日本の産業を支えたのは、利益よりも志を貫く精神 でした。 脳卒中になり病院にいながら、元気がなくなっていく日本を見て、 日本ならではの武士道の精神と経営を先生は重ねたのかもしれません。

市民精神とは

規律・勤勉さ・克己心を重んじ、ルールを守り愚直に努力する土台。

企業精神とは

志や使命感で未知の価値創造に挑み、既存秩序を乗り越える推進力。

営利精神とは

利益を強く意識し、合理的判断で組織を持続させる燃料。

先生の研究では、上記のいずれか一つだけ突出すると組織は歪むとされています。ところが、近年の日本企業では 「市民精神の弱体化」 「企業精神の希薄化」 「営利精神の短期化」 が進んでしまい、とてもバランスがとれていると言える状態ではありません。

  1. いま、私たちが取り戻すべきもの

市民精神:見えない所でも手を抜かない、一生懸命な愚直さ

企業精神:高い志で未踏の課題に挑む前向きなマインド

営利精神:短期ではなく“持続利益”を狙う経営的な視点

この三つの精神は、単なる抽象論ではなく、 実際の意思決定や行動指針に直結するものだと思います。 それぞれを日々の業務やチーム運営の中で意識することが、組織の文化をつくり、未来の可能性を広げていく鍵になると感じました。 バランスを欠いた組織運営が続けば、信頼や継続的な成果は築けません。 だからこそ、今あらためて見直す必要があるのだと思います。

  1. まとめ

経営学は「人のやる気」を科学する学問

利益最大化はゴールではなく成果の副産物

市民・企業・営利の“三つ巴”を整え、長期で価値を創る

経営学は「人のやる気を科学する学問」。 だからこそ、経営者自身がまずやる気を持ち、前向きにメンバーへ問いかけ続ける姿勢 が欠かせないと感じました。 また資本と労働の協働をうまく回すには、一人の力では限界があり、組織として学び続ける仕組み──つまり組織学習が必要です。

そのためにも、経営者は経営を学問的に学び、 体系的な視点を身につけるべきだと思います。逆に言えば、体系的な学びがないまま現場経験だけで舵を取ろうとすると、どうしても営利精神が突出しがちです。日本の「失われた○十年」は、経営者が経営を体系的に学んでこなかったことも一因ではないか──本書はそんな問いを投げかけてくれました。

拙い考察ですが、読んでくださった皆さんの何かにお役に立てれば幸いです。